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1章 11

Author: 深田あり
last update publish date: 2026-05-02 20:05:18

「じゃあこうしようか」

 と、紐育が口を挟んできた。その声は妙に弾んでいる。

「へ?」

「紐育?」

 ハモりはしなかったがアコと俺は同時に声を上げた。

 紐育が俺とアコを相互に見やり、 「アコちゃんは八島に聴いて欲しいんだよね?」

「はい!」  アコは元気に返事をした。

「で、成仏するには満足して貰わないとダメと」

「はい!」

 またもやアコは元気に返事をした。  俺は苦笑交じりのぽつりと。

「元気だなあ」

「でも八島は音楽に興味がないから嫌と」

「嫌っつーか……」

 女の子に指突っ込まれるのが、その……いや、こんなこと言えないけどさ。

 いや、それだけじゃないけどね。

 そんなことをもじもじ考えていると紐育が突如としてびしっと俺を指さす。

「じゃあ放課後、イヤホン屋に行くの」

「行くのって決定かい」

 俺の突っ込みは空しく、紐育は力強く頷く。

「もち。だって八島はイヤホンの音なんて知らないっしょ? どれも同じだろって思ってるっしょ?」

「まあ、そりゃ」

 俺が小さく頷くのをよそに、アコがいきなり一歩前に踏み込み、

 大声でまくしたてる。

「そうなんですよ紐育さん! 酷いんですよ! イヤホンなんて百均にいくらでもあるって言うんですよ! 失礼しちゃいますよね! 私、八万五千円なのに!」

「高っ!」

 紐育がぎょっと目を見開き、声を上げた。 「…………」

 アコが何とも言えないような複雑な顔で紐育を見つめる。

 それを見て、紐育が口元を抑え、ばつが悪そうに目を泳がせる。

「あ、ごめんなさい。偉そうなこと言ったけど私もイヤホンはよく知らなくて。ほほほ」

「ほほほじゃねえよ」  俺はぺしっと紐育の肩を叩く。

 紐育はこほんと咳払いを一つして、改めて語り出す。

「でもだからこそ、イヤホン専門店で色々イヤホンを聴いてその違いを知りたいんだよ。そして八島はそこである程度イヤホンを聴いた後、改めてアコちゃんを聴くの」

「何?」

「それでアコちゃんが気に入らなければアコちゃんは素直に諦めて成仏しなさい」

「できませんが……」

 アコがぼそっと突っ込むが、紐育は構わず俺を見る。

「でも八島は諦めて」

「…………」

 なるほど、そういうことか。

 俺は腕を組み、空を見上げる。青空だった。心地よい風が俺の前髪を優しく撫でて、そよそよと擦れる木の葉の隙間から緑の香りが流れてくる。

 ああ、現実逃避。

 そんな俺を紐育の言葉が現実へと戻す。

「で、八島。アコちゃんの音、まともに聴いたことは?」

「……一回だけ、寝起きで」

「そ。じゃあ改めて聴き比べてアコちゃんを気に入ったら、アコちゃんの言う通りにしなさい。オーケー?」

「なるほど、まあ、それしかないか」

 妥協案だが、仕方ないな。こうでもしないとアコは納得しないだろう。

 それに、俺も自分の揺れる気持ちに蹴りをつけられる。

 と、紐育が俺の肩をぽんぽんと二回叩く。

「八島はさ、毎年そうだよね」

「……何が?」

「お姉さんが毎年色んなプレゼント持ってくるけど、どれも気に入らないの」

「……まあ、そりゃ」

 だってサキに恵まれた趣味なんて、俺のかすかに残ったプライドが――言うまい。

「人生、そんなにつまらない?」

「……というより」

 言うべきか、言わざるべきか。

 悩みに悩んで、

「いや、いい。取り敢えず行こうか、そのイヤホン専門店とやらに」

 言わないことにした。

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